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執筆者の写真tranceparentblue9

携帯電話を解約できない理由

更新日:2021年3月31日

「おばあちゃん、携帯電話もう使わないし、もったいないから解約してね。」

母がマスクをつけて上の階に上がってきて私に告げた。


私の祖母は、下の階で、父・母と生活している。90を超え、足腰も頭も弱ってきた。でも、毎日誰にも迷惑をかけず、仏のように静かに暮らしている。


私が、祖母に携帯電話をプレゼントして月額料金を払いはじめて14年たった。2年に1回送られてくる、長期利用割引の満期を知らせるはがきが送られてきた。それをきっかけに、母は話をしに来たようだ。


「ネットで解約できるらしいから、頼むね。」


そう言って、はがきを置いて、母は下に降りて行った。


はがきを受け取った私はとても、もやもやした気分になった。


「解約しなくたっていいんじゃないか?」


でも、私は、祖母が携帯電話を使う必要がないことをわかっていた。もう、一人で出かけることができないからだ。


祖母が、一人で出かけなくなって、2年ぐらいたつだろうか。それまでは、友人とイトーヨーカドーで落ち合って、一日フードコートで雑談をしていた。たまたま買い物に行った妻や私が、偶然フードコートで出会うこともしばしばあった。


「あー!おばあちゃん、来てたんだ!」


その光景は今は、見られない。だから、携帯電話が必要ないだろうことは、私には想像ができた。


しかし、どうしても、解約する気になれず、今もこの机の前に携帯電話会社からのはがきが置いたまま、手続きができないでいる。


使わない回線を契約しておく意味は、ない。そして、解約に費用が掛からないのは、3月末まで、あと二週間程度。やっておくべきなのだ。だが、何故だろう。解約したくないのである。


自分の感情を探ってみる。


寂しいのかな、ちがう。辛いのかな、ちがう。苦しいのかな、ん~ちがう。


悲しい、んだな。でも、なぜ悲しいのだろうか。


携帯電話を購入して、祖母に渡したあの日。うれしそうだった祖母を思い出す。


そうか・・・


私は「誇らしさ」を失うことが嫌だったのだ。

そして、失うことになる現実が悲しくて、受け入れたくなかったのだ。


祖母の携帯電話を、私が購入して使ってもらっていることは、私の誇りだった。

なぜ、誇りに思うのだろうか。


そう、それは、祖母を人として尊敬していて祖母が好きだから、だ。その祖母に、自分が貢献していることが、うれしくて、褒められるのがうれしくて…


涙が出てくる。胸をわしづかみにされる、苦しい嗚咽、悲しみ。

いつもそうだ、祖父が死んだときも、祖父を思うときも、この悲しみが来るんだ。


その祖母が、老い衰えて、幸せそうだけれども、確実に死に向かっている事実。私は、それを受け入れることができずにいるんだ。


この一件を通じて、結局は、人の死を、そして、自分の死、を受け入れることの、悲しさ、やるせなさを、またしても、思い知ることになった。


でも、どうにもならないじゃないか。感傷に浸っても、事実は変わらないんだから!




私は、この思いを胸に祖母を大切にするんだ。


そして、携帯電話を解約する。

違う誇りを手に入れることにする。


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